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2008年06月15日

屋久島を巡る。其の三(縄文杉登山part2)

yakushima_topphoto.JPG今回も屋久島・縄文杉登山。いや、登山自体は1日で終わってるんですけど、話が長くなるのでここでは2回に分けただけです。今回はトロッコ道を終え、いよいよ大株歩道に入っていきます。ここから先は、急峻な山道が続きますが、いよいよ屋久杉の森の魅力が溢れだします!


yakushima_ookabuhodo.JPG← 道はこんなん。ほんまに山道。
まぁ、木道がついているところも結構あるんですけどね。
傾斜が急でしんどいのは確かですが、
トロッコ道と比べると、こちらの方がおもろい。
周囲の雰囲気ががらっと変わるから、
屋久杉をはじめ、さまざまな木々を楽しみながら歩くことができます。
ん~、まぁ、歩いている最中は足元を確かめて進むのに必死ですが。汗
時々立ち止まって周囲を眺めるといいですな。


さて、そもそも屋久杉とはなんぞや?というと、
屋久島の山地に自生する、樹齢1000年以上のスギのことを屋久杉と呼ぶんだそうです。
ちなみに、1000年未満の杉は「小杉」と呼ぶんだとか。
。。。1000年までは小杉、、、雄大な話です。


yakushima_okinasugi1.jpg大株歩道に入って最初にお目にかかれる屋久杉が、この翁杉です。
この方自身というよりは、着生している他の木や苔で鮮やかに見える杉です。
どっしりと根を張っている姿は、堂々たる風格を漂わせていて美しい。
翁杉の根元にはデッキが張られているので、根を踏んで傷つける心配なく近くに行けます。
左の写真、カーソルを合わせるともう一枚出てきます。




yakushima_willson_outside.jpg yakushima_willson_inside1.jpg yakushima_willson_heart.JPG

続いてお目にかかったのがこちら、ウィルソン株です。
1914年、アメリカの植物学者、アーネスト・ウィルソン博士がこの屋久杉の切り株のことを学会で紹介?ってか発表したんだそうです。
1914年といえば、、、第一次世界大戦のころ。
このころに、まだ世界ではマイナーな国日本の、しかも小さな島の巨大な杉の価値を認め、世間に発表した。
これって、考えてみればすごいことです。(どうやって目をつけたんやろう。。。)
というわけでその功績により、この株はウィルソン株と名付けられたんだそうです。
この屋久杉が切り倒されたのは、豊臣秀吉のによるといわれているそうですが、
切り株更新の様子などを見ると、どうやらもうちょっと新しいものではないかと思われるんだそうです。
まぁ真相はわかりませんが、いずれにしろ元々はかなり立派な杉であっただろうことは事実でしょう。
一番左の写真にカーソルを合わせると、人と一緒に写っている写真が出てきます。
大きさがわかっていただけるのではないでしょうか。

このウィルソン株、現在は中が空洞になっており、祠もおかれています。
足を踏み入れることも可能で、薄暗い中から上を見上げるとぽっかりあいた穴から
元気に芽吹く木々の姿を見上げることができます。
切り株というよりは、洞窟の中にでもいるような雰囲気です。
ちなみに、切り株の中の、とあるポイントから上を見上げると、右端の写真のように、穴がハート型に見えます。
うん、なんかええことありそうな気がするやん!まぁ、気のせいやけど。。。爆




yakushima_medusatree.jpg yakushima_bisucuittree.jpg屋久杉以外でも、おもしろい木々が色々あります。
写真左側、これでも杉なんです。
台風やら積雪やらで折れてしまった杉の枝が、その折れた所から生えてくるとこんなんなるんやって。
その容姿からメデューサの杉なんて呼ばれたりするそうです。

右側の写真は、、、ヤマグルマやったかなぁ。。。嘘かも。忘れた。
うちの母がこれをみて、「ビスケットみたい」て言うてました。
そんなに腹が減っとんかい???



yakushima_tozanbento_lunch.jpg
で、本日2回目の腹ごしらえ。

この弁当、食べているとおかずの下半分くらいまで実は白飯がうっすら敷かれてました。
これまた結構な量にも関わらず、無事完食。
さらにここでガイドさんが、お湯を沸かしてインスタントのラーメンをふるまってくれました。
ジャンクな味でも、体に染みいるんですわ、これが。



あ、ここでどうでもええ話を一つ。
私の場合、旅といえば、たいていトラブルがつきものなんですが(爆)
今回は、カメラを壊すこともなく、携帯を壊すこともなく、滑って頭を打つこともなかったわけです。
やるやないか、私!!!

。。。と言いたいのですが、そこは期待を裏切るわけにはいかず。
今回も、また、あったんですわ。

yakushima_shoesproblem1.jpg
靴のソール剥がれる。

えらく古い登山靴を引っ張り出していったから、ゴムが劣化してたんやね~。
歩きよる途中でパックリ。
結構おるんやそうです、こういう人。実際、何人かみかけました。
「何年も前に1,2回だけ使った、ほぼ新品の靴です~」なんてのが
一番危ないんやそうです。皆さんも気をつけましょう。
で、どうしたか。写真にカーソルを合わせればわかります。
ガイドさん、ホンマにありがとう~!



yakushima_1yearcedar.JPGお弁当を食べた場所のすぐ近くで、1歳の杉を見かけました。
ほんの1cmくらいの小さな芽。(ぼやけててすみません。)
ひょっとしたらこの子も、これから1000年かけて屋久杉へと成長するかもしれんね。
屋久島の森の一部として、頑張って生きている姿は、
昼食後の私に、さらにまた歩く気力を分けてくれたように感じました。


さて、昼食後しばらく歩くとまずは、大王杉というこれまた素晴らしい屋久杉の前を通りかかりますが、
他の登山客の方々が結構たくさんいらっしゃったので、私たちは帰りに立ち寄ることにしました。
屋久島の森を歩くときは、登りの人が優先なんだそうです。
細い山道を登りと下りで人がすれ違う時には、下りの人が脇で待って道をあけます。
登りの人があまりにもゆっくり進んでいると、後ろは迷惑やし下りの人も迷惑してしまうんですなぁ。
なので、帰り道、下りの方がとまりやすく、じっくり写真を撮ったりできるというわけです。


yakushima_meotosugi.JPG大王杉から少し行ったところにあるのが、こちらの夫婦杉です。
写真ではちょっとわかりにくいのですが、もちろん2本の屋久杉です。
が、高さ10mくらいのところで、なんと枝がつながっているんです!
それが、あたかも手を取り合っているかのように見えるから夫婦杉なんでしょうね。
ちなみに、右が旦那(樹齢約2000年)、左が妻(樹齢約1500年)だそうです。
素晴らしく仲睦まじい、息の長い老夫婦です。


夫婦杉のように別々の個体が融合した木のことを合体木と呼ぶそうです。
珍しいっちゃ珍しいですが、同じ種であればまぁ、ありえない話ではない。
よく考えてみれば、継ぎ木なんてのは、合体させてるようなもんですわな。


yakushima_himevsyama1.jpgそんな夫婦杉と好対照な例が近くにありました。
左の写真、ヒメシャラとヤマグルマという別の樹種の激しい争いの跡ですな。
ヒメシャラの幹にヤマグルマがめり込んどるがな!
カーソル合わせるとこの2本の上部の写真が出てきます。
ヒメシャラには穴があき、おそらくそこをヤマグルマが貫通していたのでしょうが、
結局その貫通していたであろうヤマグルマの枝?幹?は朽ちてます。
種が違えば、絶対合体なんてしないわけです。
ん~、すごい。。。




夫婦杉からさらに歩くこと約40分、私たち一行はついに到着しました。

yakushima_jomonsugi.JPG
縄文杉です。

写真では、全貌も迫力も雰囲気も、とてもじゃないけど収まりきりません。
縄文杉に着いた頃、実は結構な雨が降り出していました。
しかもすんごい人!!!
急いで写真を撮って、急いでレインウェアを着て、なんかすごくザワザワしてました。
そこがすこ~し、神秘性に欠けるような気がしつつ。。。

あまりにも多くの人が訪れるようになったため、
現在縄文杉の周囲には展望デッキが設置されています。
おかげで根元を踏みつけるという事はなくなったようです。

ただ、展望デッキからよく見えるようにと、周囲の雑木を切ってしまったんだそうです。
そのため、直射日光が当たりやすくなり、樹皮が乾燥気味になってしまったそうです。
なるべく元の状態に戻そうということで、雑木を植林していますが、
低く柔らかい苗木は、ヤクシカの恰好の餌になってしまい、なかなか育たないそうです。

展望デッキの下には、ひそかにソーラーパネルが置かれていました。
それ、実は防犯カメラの電源用なんだそうです。
何年か前に、縄文杉の樹皮を剥ぎとるという、ひどい事をした人がおったんだそうです。
結局犯人は分からないままですが、今後そのようなことが起こらないようにということで、防犯カメラを設置したんだそうです。
悲しいことですが、山でのモラルに欠いた人もいるんですね。

縄文杉は、1966年、屋久島の町役場(やったと思う。。。)で働いていた岩川さんという人が発見したんだそうです。
なんでも、屋久島観光の目玉として何かないかと山を歩き回っていたところ、この巨木を発見したんだとか。
が、実は周囲には江戸時代の杉の切り株などが残されていたので、
当時の人たちが縄文杉の存在を知らなかったというわけではなかったようです。
太く、うねった縄文杉は、木材としての価値が低く、そのため残されたのでは?との事でした。
というわけで、岩川さんは発見というよりは改めて紹介した人なのかもしれません。

で、まぁ、発見者ということになった岩川さん、この杉を自分で命名することができるようになり、
自分の名前から一字取って「大岩杉」と名付けたんだそうです。
が、この杉の発見を伝えた新聞記事に「縄文の春」という大きな見出しがついたことがきっかけで、
1年後に出版されたガイドブックには既に「縄文杉」の名が掲載されていたんだとか。
ん~、かわいそうっちゃかわいそうです、岩川さん。

縄文杉の樹齢については、いろいろ言われていますが2000年から7000年などと相当幅があります。
色々な測定方法で調べてみてはいるようですが、屋久杉の内部は空洞になってしまっているので、結局正確な年齢は測るのが難しいんだそうです。
まぁでも、年齢が謎ってのもまた、ミステリアスでよいかもしれません。


などと、色々な話を聞き、色々なことを考えながら、しばし縄文杉を見つめていました。
様々な雑音の中、なんとなくかわいそうだなぁと思ったりしながら見ていましたが、
じ~っと見上げているうちに、一瞬ふっと音が消えたような気がした瞬間があったんです。
なんていうか、なんやかんや言うたり、なんやかんや手を加えたりする人間の行為も、
縄文杉にとっては、とるにたらない事なのかもしれないと思ったんです。
いや、もちろん、樹皮の乾燥なんてのは人間の影響ですけど、それすらも悠然と受けとめてしもてる。
長く静かに、ただ粛々と生きてきた姿は、例え自分の身に何が起きようとも、
それをすべて自然の流れとして受け入れることができる覚悟や度量を持った、
無為で強い、人間なんて足元にも及ばない力を湛えているように思えました。



あ~、やれやれようやく縄文杉ですか。。。
いや、なんちゅうか今回の登山は思い入れが強すぎてついつい長くなってしまってます。
まだまだこれから、帰途があるのに、、、長すぎる。。。
というわけで、不本意ながらもいったんここでpart2は終わり。
次回、縄文杉登山part3で、なんとか終えます。すまぬ。
ん~、屋久島の魅力、凄すぎです。

投稿者 Keikon : 2008年06月15日 00:54

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